カフェ・ブレイク

16歳の意地

穏やかに2年が過ぎた。

「夏子さん。こっちから、どうぞ。」
要人(かなと)さんが、そう言って、私に手を差し出した。

「ありがとうございます。」
もはや、ためらいも抵抗感もなく、私は要人さんに手を預けて、憧れの日本庭園にエスコートされた。

……あるのは……どうして、義人(よしと)くんじゃなくて、この人といるのだろう?という疑問だけ。
何度お会いしても、どれだけよくしてくださっても、私の目は要人さんを映しながら、そこに義人くんの面影を探していた。

「やっぱり素敵。……思い切って、お願いしてよかったです。」
4月に入ってすぐの日曜日、要人さんの会社の中庭を拝見させてもらった。
池にせり出した形で枝を伸ばしたヤマザクラと、少し濃い紅色のしだれ桜が満開で、夢のように美しかった。

「そんなにご覧になりたければ、早く言ってくれはったらよかったのに。」
ビッシリと生えたスギゴケを少しでも踏まないように一歩一歩そろそろと歩く私とは対照的に、要人さんはスタスタと桜のそばへと誘(いざな)ってくださった。
「だって普段は社員さんも入れないんでしょ?さすがに部外者としては遠慮しちゃいます。」
かつては四阿(あずまや)まであった広大な日本庭園だったらしいが、池のそばの一角のみを残してガラスで四方を囲ったビルの坪庭となっている。

……小道も飛び石もなく、ただ、ガラス越しに眺めるだけのお庭だ。
まあ、誰も足を踏み入れないからこそ、こんなにも立派にスギゴケが茂ってるのだろうけど。

「それじゃ去年は我慢してたんですか?……遠慮する必要なかったのに。」
要人さんはそう言ってから、ちょっと笑った。
「一昨年から、ですかね。夏子さんとはじめてお会いした時も、この桜に見とれてはりましたね。」

「そうでしたね。」
……桜じゃなくて、桜を見る要人さんに見とれてたんだけどな……義人くんに似たおじさまだ、って。

「ここです。ここからこの桜を見上げると……あのあたりに、夏子さんがいらした。まるで桜の精のように美しかった。」
まぶしそうに指さしながら、要人さんはそう言った。

「その後の、悲鳴と流血には驚いたけど。」
そう付け足してから快活に笑った要人さんを、ちょっと睨む。

「ほんと、意地悪ね。」
知れば知るほど要人さんは「食えないおじさん」だと思う。

……この2年間、つかず離れず……まるで、親戚のおじさんのように私にかまってくださる。
最初のうちは、義人くんが危惧してたようなことにならないよう身構えていたけれど……疑うのも申し訳ないぐらいに、それっぽい誘いは何もない。

土日のゴルフの帰りに、私の部屋でお茶を飲んだり、夕食をともにすることに新鮮な楽しみを得ている……そうだけど……

「意地悪ついでに愚息の話を1つ。入学式で総代として挨拶するそうだ。」
ニヤニヤと私の反応を見ながらそう言う要人さん。

……あの顔。
たぶん同じように、私との交流を匂わせては、義人くんの反応を楽しんでらっしゃるのだろう。
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