カフェ・ブレイク

婚姻破綻

翌日、風邪は引かなかったものの、腰や背中が痛かった。

誰もいない保健室でストレッチをしていると、中沢先生がやって来た。
「おや、珍しい。旦那と喧嘩して車で寝た?」

……当たらずとも遠からず。
私はなるべく笑顔を作ろうとしたけれど、どうしても片頬が引きつってしまった。
「部屋を借りたので、フローリングに毛布で寝ました。」

そうして、持参したおにぎりを3つと味付け海苔1袋を中沢先生に渡した。
「ついでです。梅干しと、かつお。」

中沢先生は驚いたようだけど、笑顔で受け取ってくれた。
「ありがとう。助かるよ。……あ~、じゃあ、お返しに、客用布団セットをあげようか。一度も使ってないやつ。」

「え!……いいんですか?そんな、海老で鯛を釣るような……」

早速中沢先生は、おにぎりをかじった。
「うん、美味しい。……それじゃ、気が向いたら、またおにぎり、ついでに作ってよ。……せっかくイイ布団なのに、質屋じゃびっくりするぐらい買いたたかれるから、口惜しくて売らなかったの。夏子さんに使ってもらえるなら、いいよ。」
そう言いながらも、ぺろりとおにぎりを食べ切ってしまった中沢先生。

「もしかして、お昼だけじゃなくて、朝も食べてないんですか?」
私がそう聞くと、中沢先生は子供のようにきゅっとクビをすくめた。

「バレた?」
……そりゃ、ね。

「のど、詰まりませんか?お茶、いれますね。」
とっておきのほうじ茶を入れた。

「どうぞ。おにぎりには、ほうじ茶が美味しいですよ。海苔と合うのかしら。」
中沢先生はお茶を一口啜ってからうなずいた。
「そういや、味付け海苔なんですね。夏子さん、大阪の人でしたっけ。」

「芦屋で生まれ育って、中3から神戸に住んでました。」
ぷっと中沢先生が笑った。
「地域性というか、プライドがよくわかるお返事ですね。あくまで大阪じゃないんですね。」

指摘されて恥ずかしくなった。
……だって、大阪じゃないもの。
神戸って言ってしまいたいけど、結婚前の本籍も芦屋市で神戸市じゃないし。

「中沢先生は横浜のかたですか?」
「ええ。おにぎりは、パリッと香ばしく炙った焼き海苔でした。」
……リクエストされたのかしら。
ま、いいけど。

「今日は、受験生の家庭教師のアルバイトで、22時頃までかかるんですけど、それから布団をお届けしますよ。」
そう言いおいて去ろうとして、中沢先生は足を止めた。
「……奈良はどうですか?芦屋や神戸のように、地元愛の強いところですか?」

奈良?

「大仏と鹿と古墳、のイメージです。保守的で、変化を嫌うと聞いたことがあります。……関西の地元愛ナンバーワンは、やはり京都でしょ。」
「あー、京都は余所者には居心地よくなさそうですね。」

……何が聞きたかったのかよくわからないまんま、中沢先生は私の新居の住所を確認して行った。
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