恋の指導は業務のあとに
スーツ姿の羽生さんは、今日もマイナス10度の気を纏う。
この有無を言わせぬような迫力が、どう営業に生かされているのだろうか。
営業って、愛想がいい人がするものだと思っていたけれど・・・。
「カキネ、営業の仕事は何だ?言ってみろ」
「えっと、商品を売ることです」
「営業の仕事は新たな取引先を得るのは勿論だが、獲得した売り場のメンテナンスもする。それに顧客の声を聞くのも大切な仕事だ。今日は、メンテナンスと顧客の声を聞きに行く」
「はい。宜しくお願いします」
商品部から出て、2歩先を行く羽生さんの背中を懸命に追う。
羽生さんは普通に歩いているのに、私はちょこちょこ小走りになってしまう。
普段通りに歩いていては追いつけないのだ。これはやっぱり、脚の長さの差なのか。
下行きのエレベーターの中、階数表示に点る明かりを目で追っていると昨日の女子トークを思い出した。
そういえば1階には受付があるではないか。
琴美から、気をつけろと言われていたんだっけ・・・。
エレベーターを降りてエントランスに向かっていくと「あ、羽生さぁん!」と、語尾にハートが3個くらい付きそうなあまーい声がホールに響いた。
受付カウンターには琴美を含めた女子社員が3人いて、左側に立っているゆるふわカールの女子が羽生さんを熱く見つめていた。
私と目が合った琴美が苦笑いして小さく頷いたので、思った通りにこの人が牧田さんだと分かる。