恋の指導は業務のあとに

エレベーターのふわっと感が気持ち悪い。

カギは?と聞かれて浴衣の帯に吊るしてある巾着袋をさぐった。

ここにカードキーが入れてあるけれど、酔った手では結び目がほどけない。


「おねがい、します」


なんとか声を絞り出すと、ごそごそと帯のあたりをいじる気配がして、ドアが開いた音がした。


「誰もいねえな。カラオケか」


敷かれている布団の上に下ろされて、掛布団がかけられた。

体が火照って暑くてよろよろと跳ね除けると、体の両側が沈んだ気がした。

目を開くと、羽生さんが覆いかぶさっている。


「はにゅう、さん?」

「俺が男だとわかってるか?」


そう言う瞳が、切なそうに見える。

それがだんだん近づいてきて、唇に息がかかった。

──キス、される。

そう感じた瞬間顔がそれていき、耳のそばでリップ音がした。

しばらくそのまま覆いかぶさっていたけれど「寝ろ」と一言いい残して、羽生さんは視界から消えた。

羽生、さん?

顔が熱くてドキドキするのは、アルコールのせいだけじゃない



翌日、なんだか顔を合わせるのが気恥ずかしい私をよそに、羽生さんは昨日と一緒の態度で、バスの中でも観光先でもずっと私の隣にいた。

そして初日同様、私に財布を出させようとしない。


昨日のことを訊きたくても訊けない。

牧田さんとはどうなったのだろう。

あのときキスされそうになったのは、酔いが見せた夢だったのだろうか。

自分の唇をそっと撫でてみる。

ここにかかった息の熱さも、気のせい?


旅は、私の心に切なさを残して、終わった。
< 74 / 111 >

この作品をシェア

pagetop