恋の指導は業務のあとに
エレベーターのふわっと感が気持ち悪い。
カギは?と聞かれて浴衣の帯に吊るしてある巾着袋をさぐった。
ここにカードキーが入れてあるけれど、酔った手では結び目がほどけない。
「おねがい、します」
なんとか声を絞り出すと、ごそごそと帯のあたりをいじる気配がして、ドアが開いた音がした。
「誰もいねえな。カラオケか」
敷かれている布団の上に下ろされて、掛布団がかけられた。
体が火照って暑くてよろよろと跳ね除けると、体の両側が沈んだ気がした。
目を開くと、羽生さんが覆いかぶさっている。
「はにゅう、さん?」
「俺が男だとわかってるか?」
そう言う瞳が、切なそうに見える。
それがだんだん近づいてきて、唇に息がかかった。
──キス、される。
そう感じた瞬間顔がそれていき、耳のそばでリップ音がした。
しばらくそのまま覆いかぶさっていたけれど「寝ろ」と一言いい残して、羽生さんは視界から消えた。
羽生、さん?
顔が熱くてドキドキするのは、アルコールのせいだけじゃない
。
翌日、なんだか顔を合わせるのが気恥ずかしい私をよそに、羽生さんは昨日と一緒の態度で、バスの中でも観光先でもずっと私の隣にいた。
そして初日同様、私に財布を出させようとしない。
昨日のことを訊きたくても訊けない。
牧田さんとはどうなったのだろう。
あのときキスされそうになったのは、酔いが見せた夢だったのだろうか。
自分の唇をそっと撫でてみる。
ここにかかった息の熱さも、気のせい?
旅は、私の心に切なさを残して、終わった。