好きだと言って。[短篇]
「え?」
振り向くと、不機嫌そうな哲平がドアに手を付きながら私を睨みつけていた。電気がついていないからか、更に怖さを増す。
「あ、あれ?食べ終わった?…じゃあ、片付けなきゃ!…お風呂も入る?」
その視線に耐えられなくて、
私は哲平の横を通り過ぎ、リビングに戻ろうとした。
その視線がいつも怖かった。
冷たい声。
冷たい瞳。
いつ、"帰れ"、"お前なんて要らない"って言われるか不安で不安で仕方がなかった。だから笑うんだ。…気付かれないように、邪魔だ、と思われないように。
「…朱実。」
暗い世界から、明るい世界へと足を踏み出したその瞬間。哲平の低い声と共に私の体の動きが止まった。…いや、止められた。
ぎゅっとつかまれた腕。
ぎゅっと抱きしめられた体。
「ど、どうしたの?」
「…キス。」
ねぇ、こんなことされると離れられなくなっちゃうよ。
温かい胸に
低い声に
私はまた瞳を閉じる。
駄目なのに。
こんな関係、駄目なのに。
一時の甘い時間に
私はいつも流されてしまうんだ。
「哲平っ…」
もう無理と肩を押すがなかなか離してもらえない。逆に強い力で引き寄せられ、また熱い口付けを交わす。
「んっ…」
哲平、好きだよ。
大好きだよ。
そんな気持ちでキスをしている私。
哲平は何を考えてるんだろう…。