ビタージャムメモリ
あえて包装を省いたそれは、先生がためらいがちにシールを剥がしただけで、すぐに見ることができた。

グレーの、柔らかいマフラー。

先生はまだきょとんとしている。



「すごく…僕好みだけど、もらう理由が…」

「差し上げるというより、返却なんです、あの、覚えてませんか、大学で教えてらした時、研究室に押しかけた学生がいたでしょう」

「え?」



決めてたの。

もし偶然、ふたりきりになることがあったら、言おうって。



「…先生に、おかしな無理を言って、まだ子供だからダメと言われて、追い返された学生がいたでしょう。その子にマフラーを貸したでしょう」



バッグを握りしめた。

何を言われているのかさっぱりな様子だった先生の目が、やがて一瞬揺れて、はっきりと見開かれる。



「あれが私です」

「え…」

「すみません、お借りしたマフラーを、どこへやったか失念してしまって、新しくご用意したんです、あの、もらってください」



決めていたのは、ここまで。

いつ発火するかわからない爆弾を抱えているよりは、もう自分から明かしてしまおうと。

笑って済ませてもらえたらありがたいし、距離を置かれるならそれも仕方ない。

だけど隠し持っているのだけはもう嫌で、区切りをつけようと。


でもどうしてか、それだけじゃ止まらなかった。

あ、と思った時には、口が勝手に動いていた。



「…私、変わってないんです」

「変わってないって…」

「今も、あの時と、同じ気持ちです、先生のこと…」



顔を見ることはできなかった。

私は真っ赤で、振り絞るように必死な声を出していて、泣きそうで。

きっとまさにあの時と、同じ状態。


先生は何も言わずに、私の次の言葉を待っていた。





「先生のこと…」





< 104 / 223 >

この作品をシェア

pagetop