ビタージャムメモリ
今日の昼間に気がついて連絡をしたところ、歩くんは今度会った時でいいと言ってくれた。

でもそのまま年越ししてしまうのもなあと迷っていたら、夕食をおごるという約束で、バイトの前に会ってくれることになった。

というわけで、気張りすぎないにぎやかなレストランに来ている。



「先生、昨日遅かった?」

「みたいだな、俺が起きてる間には帰ってこなかった。今朝、つーか昼に起きたらもう会社行った後だったし…あれ」



噂をすればだ、とテーブルに置いていた携帯を見る。

先生からメッセージが入ったらしかった。



「今どこだって。外、でメ、シ食って…るよ、と」

「先生、家に帰ってきたんじゃない?」

「いや、この近くにいるっぽい」

「え、なんで?」



ここは歩くんのバイト先のサロンの最寄り駅だ。

私のオフィスからは来やすいけれど、先生の事業所からは、かなり距離があるのに。

知らね、と歩くんは言い、何やらやりとりを続けていた。



「…なんで香野さんが?」

「すみません…」



10分もしないうちに、いきなり先生がやって来たので、仰天した。

先生も、私がいるとは聞いていなかったらしく、コートを脱ぎながら目を丸くしている。

歩くんはしれっと全員分のコーヒーを注文しつつ、私の隣に移動して、対面に先生を座らせた。


先生は歩くんと、小さくなっている私に視線を走らせて、どう解釈したのか、特に何も言ってくれない。

昨日の今日でこれって、まるで私、先生に隠れてこそこそ歩くんと会ってるみたいじゃないか…。



「話って? 昨日のこと?」

「そう、なるべく早くと思ったんだが…」

「あ、私、外します、すみません」



慌てて立ち上がりかけると、歩くんに腕を引かれた。



「いーよ、いてよ。巧兄、弓生が聞いても別にいいだろ?」

「もちろん、香野さんがよければ」



会社帰りなんだろう、スーツ姿の先生は、そう言ってにこりと私に微笑んだ。

…いいのかな。

また腰を下ろしたところに、ちょうどコーヒーが運ばれてくる。

店員さんが去るのを見計らって、先生が一枚の名刺を出した。

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