ビタージャムメモリ
「私、眞下さんと同じ会社に勤めてるんです」
「歩とは?」
「…なんでしょうね?」
何よそれ、と顔をしかめられた。
「あの子がどこにいるか知らない? 昨日から張ってるのに、帰ってこないの」
「張っ、て…」
「梶井(かじい)さんを紹介したいのよ、話せばきっと前向きな気持ちになると思うの」
「それは、再婚される、プロデューサーさんの?」
「そうよ、ねえ歩を連れてきてよ、あの人、今海外で仕事してて、長くはこっちにいられないの」
「えっ」
「お願い」
必死な顔は、やっぱり歩くんに似てる。
なんとかしたいとは思うけど、私が約束できることじゃない。
目を泳がせる私の手を、かすみさんがぎゅっと握った。
「ねえ、お願い」
すっかり遅くなってしまった。
ホテルを出て、電車で改めてマンションに向かい、最寄り駅に着く頃には日が暮れていた。
もう会社が終わる時刻だ。
でも先生の事業所も今日は納会で遅くなるはずだから、鉢合わせることはないだろう、たぶん。
先生と歩くんが住んでいるのは、戸数の少ない、背の低い棟がいくつか並んだ、郊外ならではのゆったりした造りのマンションだ。
預かった鍵で、そのうちのひとつのエントランスをくぐり、7階に上がる。
念のため、玄関を開ける前にインタホンを押したけれど、反応はなかった。
「お邪魔します…」
すぐ帰るしと思い、ライトをつけないまま上がり、教えられたドアを開けた。
正面がリビングで右手がダイニング、その奥が対面式のキッチン。
初めて足を踏み入れた私は、整理整頓の行き届いたふたりの生活空間を横目に観察しながら、急ぎ足で冷蔵庫に向かった。