ビタージャムメモリ
急いで片付けを済ませ、暇乞いをしようとした私に、先生が片手を差し出した。
手には小振りのグラスがある。
「ちょっと飲んでいったら」
「え…」
グラスには底から1センチほど、琥珀色の液体が注がれていた。
その時ようやく気がついた。
先生、酔ってる。
仕草にも口調にも、特に怪しいところはないけれど、それでもなんとなく、わかる。
先生は飲んでも全然変わらないと以前、聞いた。
その先生が、酔いの気配をまとっているのなら、相当飲んでいるってことなんじゃないだろうか。
納会でそこまで飲むとは考えづらい。
きっとどこかに寄ってきたんだ。
「あ…じゃあ、一杯だけいただきます」
「香野さんには、前に歩の危ないところを助けてもらったお礼をと思ってたのに、これじゃ追いつかないね」
L字に並べられたソファの、先生と直角の辺に座ってグラスを受け取った。
心地よく身体を包む、アイボリーの革のソファ。
先生がネクタイを緩めながら苦笑する。
「お礼なんて」
「歩がこんなに誰かになつくのは珍しいよ。社交的ではあっても、なかなか本気で人を信用しないんだけど」
「あの年頃って傷つきやすいから、その分疑り深くなったりしましたよね」
「体験談?」
です、と認めると、優しく微笑まれる。
先生はネクタイを取ってしまうと、脇に置いた。
ふうと息をつき、背もたれに体重を預けて髪をかき上げる。
視線はぼんやりと、テーブルの上のどこかを見ていた。
「…先生もバイオリン、弾かれるんですね」
「俺は結局、"先生"なんだ?」
えっ。
いつの間にか飲み干してしまったグラスに、次を注いでくれる。
瓶を見て、ウイスキーだったと知った。
割りもせず、氷すら入れずに先生もグラスを空ける。
「非常勤だったし、他の講師との交流もなかったから、そう呼んでもらったことって、正直、ほとんどないんだけど」
「あの、当時、私が勝手に巧先生って呼んでまして、えーと、まあ、心の中でですが」
手には小振りのグラスがある。
「ちょっと飲んでいったら」
「え…」
グラスには底から1センチほど、琥珀色の液体が注がれていた。
その時ようやく気がついた。
先生、酔ってる。
仕草にも口調にも、特に怪しいところはないけれど、それでもなんとなく、わかる。
先生は飲んでも全然変わらないと以前、聞いた。
その先生が、酔いの気配をまとっているのなら、相当飲んでいるってことなんじゃないだろうか。
納会でそこまで飲むとは考えづらい。
きっとどこかに寄ってきたんだ。
「あ…じゃあ、一杯だけいただきます」
「香野さんには、前に歩の危ないところを助けてもらったお礼をと思ってたのに、これじゃ追いつかないね」
L字に並べられたソファの、先生と直角の辺に座ってグラスを受け取った。
心地よく身体を包む、アイボリーの革のソファ。
先生がネクタイを緩めながら苦笑する。
「お礼なんて」
「歩がこんなに誰かになつくのは珍しいよ。社交的ではあっても、なかなか本気で人を信用しないんだけど」
「あの年頃って傷つきやすいから、その分疑り深くなったりしましたよね」
「体験談?」
です、と認めると、優しく微笑まれる。
先生はネクタイを取ってしまうと、脇に置いた。
ふうと息をつき、背もたれに体重を預けて髪をかき上げる。
視線はぼんやりと、テーブルの上のどこかを見ていた。
「…先生もバイオリン、弾かれるんですね」
「俺は結局、"先生"なんだ?」
えっ。
いつの間にか飲み干してしまったグラスに、次を注いでくれる。
瓶を見て、ウイスキーだったと知った。
割りもせず、氷すら入れずに先生もグラスを空ける。
「非常勤だったし、他の講師との交流もなかったから、そう呼んでもらったことって、正直、ほとんどないんだけど」
「あの、当時、私が勝手に巧先生って呼んでまして、えーと、まあ、心の中でですが」