ビタージャムメモリ
先生のマンションのリビングで、私たち四人は向かい合っていた。

電話で、「なんで帰ってないの」と怒られた先生は、その理不尽さにさすがに腹を立て、無視しようかなと言い出した。

私は慌てて、帰ってくださいと訴え、勢いに乗じてお願いした。



『あの、私も、行っていいですか』



私と先生が並び、テーブルを挟んだ対面に梶井さんとかすみさん。

先生はひと目で梶井さんを「まともな人だ」と見たんだろう、お姉さんを置いておいて、もっぱら彼と話すことに決めたようだった。

かすみさんはかすみさんで、そんなことは気にする様子もない。



「歩と会わせる前に、ちゃんと彼をあなたに紹介したかったのよ、巧。あなたのことだから、いろいろと疑ってるんじゃないかと思って」

「疑ってたけど、失礼ながら調べもしたからその点は心配ないよ。話はそれだけ? ならこちらからも聞きたいことがあります、梶井さん」



はい、と誠実な返事をする梶井さんに、先生が切り出す。



「どうしてそこまで歩を? 買ってくださるのはありがたいし、買われるだけの素質はあると親バカながら思っていますが、純粋に不思議なんです」

「可能性を見つけたら声をかけるというのは、毎日のようにしていることです。そうやって種をまいておくのが僕らの仕事なんです」

「歩がコンクールで成績を残していたのは、昔のことです。少なくともこの二年間は、表舞台で弾いていない。なぜ今?」



この指摘は、予想以上に梶井さんを動揺させた。

はっと顔を強張らせて、隣のかすみさんと目を見合わせる。

明らかに何かがある空気に、先生の表情が険しくなった。



「姉さん、まだ俺に言っていないことがあるなら、今ここで吐いて」

「怒るでしょ?」

「怒るだろうね」



一人掛けのソファの、肘置きに頬杖をついて冷静な視線を投げる。

かすみさんが一瞬、助けを求めるように私を見たけれど、無駄だと悟ったらしく、不服そうに頬をふくらませて引き下がった。

その様子を気がかりそうに見ていた梶井さんが口を開く。



「巧さんは、歩くんの父親について、何かご存じですか」



いったいなんの話かと、先生が眉をひそめるのがわかった。

私も思わず、姿勢を正す。



「まったく知りません」

「孝彦さん、何言われるかわからないわよ」

「ここで隠しても仕方ないよ、そもそもその話もしたかったんじゃないか、今日」


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