ビタージャムメモリ
簡単な話じゃない予感がする。

身構えた私たちに、梶井さんが意を決したように向き直った。



「僕なんです」



…えっ?

頬杖をついたままの先生の、眉根が寄った。

視線が梶井さんからお姉さんへ移り、また戻る。



「…なんですって?」

「歩くんの父親は、僕です。恥ずかしながら僕も、つい最近までそれを知りませんでした」



先生が身体を起こして、正面の梶井さんを凝視した。

私もつい同じことをしていた。

外見的に似ているところがあるかは…わからない。

歩くんの容姿は、かすみさんと巧先生のほうに、かなり寄っている。



「というと…姉と以前、結婚していたということですか」

「いえ、それが」



梶井さんはそこで初めて、言いにくそうに言葉を濁した。

それでも、かすみさんが何か言おうとしたのを制して続ける。



「当時、かすみさんは別の男性と結婚していました」

「なら…」

「その人の子ではないとかすみさんは断言していますし、僕もそれを信じます。歩くんが許してくれるなら、鑑定だってします」



先生の、驚愕に見開かれた目がかすみさんを見る。

彼女は居心地悪そうに、ふてくされた視線を返した。



「とんでもないDV夫だったのよ」



私も先生も、言葉が出なかった。

要するに、かすみさんは旦那さんがいながら梶井さんとそういう関係になり、ふたりの間に歩くんができたってことだ。

それって…。



「あの、その話って、歩くんには…」

「まだしていません、もちろん」

「これからもしないであげてください。少なくとも歩くんの方から、知りたいと言いだすまでは」



声が震えた。

あんまりだ。

ふたりの勝手で産み落とされて、ふたりの勝手で捨てられて。

歩くんの人生、全部このふたりに振り回されてきたようなものだ。

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