ビタージャムメモリ
『もー限界! 今夜は絶対行くんで、現地集合で!』
「あっ、早絵!」
返事をさせてもらうひまもなかった。
翌週、一週間近い出張から戻った早絵は、長いこと例のバーテンさんに会えなかったのが相当ストレスだったみたいで、月曜から誘ってきた。
今は行きたくない、と言えなかった。
言ったところで、理由を聞かれたら、それはそれで説明しづらくて困るんだけど…。
人の減った定時後のオフィスの廊下で、私は肩を落とした。
行けば必ず歩くんがいるというわけでもないんだし。
早絵にもつきあってあげたい。
行こう、と腹をくくった瞬間、手の中の携帯が鳴り、信じられない思いで画面を見た。
【眞下歩】
歩くんに連絡先を教えた覚えなんてない。
聞いた覚えもない。
ましてや歩くんのことを"眞下"なんて登録するはずもない。
私が酔いつぶれている間に歩くんがやったんだろう。
服を脱がすことができたんなら、なんだってできたはずだ。
そう思うと、情けないやら腹立たしいやらで、また涙が浮いてきた。
「…はい」
『あ、出るんだ』
「今日、お店に行くことになっちゃったから、あきらめた」
『あきらめたって何を? まさか俺を避ける気だった? 巧兄から俺の歳聞いたろ、こんなガキから逃げるとか、どれだけ腰抜けなんだよ』
彼の口調はいたって普通で、勝手なことばかり。
でも実際そのとおりで、我ながら腰抜けだと思う。
「…なんであんなことしたの」
『今日来るんだろ? 電話より店で話すほうがいいや、後でな』
「え、ねえ、待っ…」
あっさり通話を断ち切られ、私は立ち尽くした。
もう何もかも、わけがわからない。
すべて自分が悪かった気もするし、それだけじゃない気もしてる。
だからなおのこと、どうしたらいいかわからない。
もう嫌だ。
落ち込むのにも疲れ果て、私はすっかり腐った気分になっていた。