ビタージャムメモリ
「これ以上、巧兄に近づくな」
クラブを訪れるなり、私をひとけのない通路へ引っ張っていった歩くんが、冷たく言った。
それからにこっと表情を和らげる。
「俺が言いたいのはそれだけ」
「近づくなって…」
「あの人はあのとおり、あんまり自覚してないけど、もてるからさ、昔からバカ女がつきまとうんだよな、迷惑だから、やめて」
ずきっと来た。
その『昔から』の部分にも、かかわっている自覚があったからだ。
「迷惑って…先生が言ってるの?」
「まさか、巧兄は鈍いもん、女の存在にも気づきゃしねーよ、俺が迷惑してんの。巧兄はお前ら女共にはやらねえ、もう近づくな」
「…いつかそうやって排除するために、私に声かけたの」
「他に何があんだよ、まさか気があるとでも思った?」
バカにしたように、鼻で笑う。
気に入られている、という早絵の言葉を鵜呑みにしていたわけじゃないけれど、少なくとも最近は、味方してくれてるのかなと思いはじめてた。
もしかしたら、少しは応援してくれてるのかもと感じていただけに、その答えは正直、自分でも驚くほど痛かった。
──男は巧先生だけじゃないんだぜ。
あれは、ただ単に、とっととよそへ行けって意味。
私、どれだけ能天気だったんだろう。
うつむいた私の顎に、歩くんが指をかける。
くいと上向かされて、面白そうに微笑む顔に見下ろされた。
「なんだよ、ショック?」
「いいでしょ別に、もう近づかないから、そっちも絡まないで」
「ふてくされてんだ? 可愛いな」
思わずかっとなって、顔をひっぱたこうとした手は、左腕で難なくガードされ、逆に手首をつかまれてしまった。
腕を引いても離してもらえず、その力はびっくりするほど強い。
にぎやかなフロアから半階分ほど階段を下りた、誰も来ない、倉庫らしきドアがあるだけの空間でそんなふうにされると、怖い。
「歩くん…」
「弓生は可愛いよ、これはほんと」
「あゆみく…」