ビタージャムメモリ
出さないよ。

そもそももう、まともに話をしてもらえるか怪しいくらいに信用を損ねたばかりだっていうのに。

これ以上私に、何ができるって言うの。



「巧兄、学生時代のお前のことは、全然覚えてないみたいだぜ、よかったな」

「自意識過剰って言いたいんでしょ、どうせ」

「何すねてんだよ」

「いいからもう、離れて、ほっといて」



歩くんの身体を押しのけて、階段のほうへ向かった。

彼は追ってはこず、その代わり気楽な声をかけてきた。



「これからも、店には来いよな、弓生」



返事をせず、私はフロアに戻って早絵を探した。

歩くんが何を考えているのかわからない。

先生とどう接すればいいのかわからない。

この先のことに絶望して、それこそ飲んで何もかも忘れてしまいたかったけれど、月曜日であることが私を思い止まらせた。





「…え?」

「この媒体社さん、声かけた?」

「いえ、調べたんですがご担当者がわからなくて、過去数年の取引実績もなかったので…」



火曜日、出社してきた部長が私と野田さんを席に呼び、見せたのはとあるwebの記事だった。

経済からゴシップまで幅広く取り扱うニュースサイトに転載されたそれは、元はライフスタイル雑誌が運営するwebサイトに書かれたものだった。

そこではまさに私たちが発表しようとしている技術が、本業が冴えない二流メーカーの現実逃避、と酷評されていた。

野田さんが堅い声を出す。



「ずいぶん悪意のある記事ですね」

「この媒体社さん、かなり昔にうちが懇意にしていたところなんだよ、業績が悪くなってから疎遠になってたんだけど」

「声をかけなかったことを恨みに思ったんでしょうか」

「かもねえ」



部長が沈鬱なため息をついた。

< 53 / 223 >

この作品をシェア

pagetop