ビタージャムメモリ
すぐに気づいたらしく、しまったという顔をして、半端に制止の手を差し出していた私と目を合わせる。

私たちは二重三重に失態を重ねたことを感じていた。

柏さんはぽかんとしてそんな私たちを眺め、車って、とつぶやく。



「だって僕と一緒に、北陸からここ入りましたよね?」

「用事ができて…ゆうべ家に帰ったんだ」

「にしても、今朝は電車で来たほうが楽じゃないですか」

「急いでて…」

「へえ、で、なんで今、香野さんまで慌ててるんですか?」



あからさまに探りを入れる柏さんから逃げるように、先生は震えていた携帯を取り出して、はい、と出た。

わあ、ずるい。

メンバーの好奇の視線が耐えがたかったんだろう、少し離れたところで会話を始める。

当然ながら柏さんたちの視線は私に集まり、いたたまれず目をそらした。



「…まあ、眞下さんから聞き出すか」

「ですね、香野さんいじるとまた怒るし」

「じゃ、控え室戻りますか」



見逃してくれる気になったらしい。

隠す余裕もなくほっとする私をちらちらと振り返りながら、彼らは控え室のほうへ去っていった。

後が怖い…。


大丈夫かな、と先生を確認したら、なぜか目が合い、さらになぜか、ちょいちょいと手招きをされた。

背後を気にしつつ近寄る。



「なんでしょう…?」

「歩なんだけど、一日このあたりで時間つぶしてて、まだ近くにいるらしい。仕事が終わったんならメシを食わせろと」

「あ、でしたら部長を待っていただかずに、ここで解散でも」

「いや、香野さんも呼べと」

「えっ?」



柏さんたちの姿が完全に廊下に消えたのを確認してから、先生はようやく普通の音量で喋るようになった。

すまなそうな顔で「香野さんは忙しいと言ったんだけど」と言いながら携帯を渡してくる。



「もしもし、歩くん?」

『おー、弓生はまだ上がれねえってほんと? なんとかしろよ、せっかくなら巧兄と食いたいだろ、メシ』

「う…」



そりゃ、食べたいです。

私はこれからのスケジュールを頭の中でさらった。

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