うそつきハムスターの恋人
パソコンで在庫確認作業をしていると、隣の席から小さな舌打ちが聞こえてきた。
キーボードに指を載せたまま、首を伸ばして見てみると、喜多さんが大きめの封筒を手にして顔をしかめている。

金曜日に夏生の家を出てから、五日が経っていた。
メイズで会うたびに、私は夏生から目をそらし、何も言わずに横を通り過ぎる。
それなのに、思いのほか噂は広まっていないらしく、喜多さんはまだなにも知らないようだ。

本当の恋人でもなかったのに、別れました、と自分から報告するのはためらわれた。
それに「別れました」なんて言葉を口にしたら、まだ大声で泣いてしまいそうで。

「まただ。部署が書いてない。これ出した人は、どういう神経してるんだろう。うち、そんな小さい会社じゃないんですけど」

「どなた宛ですか?」

そのままの姿勢で聞いてみると、喜多さんは「宮下だって」と言って私に宛名を見せた。

「宮下……どこの部署よ。調べるのめんどくさいな」

喜多さんは封筒をぽんと書類の上に投げ出した。

「……たぶん、その人、運営部の人ですよ」

宮下さん。
きっとあの人だ。
夏生のことが大好きな、大学時代からの友だち。
「しずくちゃん」って目を細めて笑ってくれる人。

「運営部?」

喜多さんは、よっしゃと嬉しそうに言い、封筒を再び手に取ると私のパソコンの画面の前に立て掛けるように置いた。

「……なんですか?」

画面が封筒で見えなくなり、私は苦笑しながら封筒をどける。

「運営部でしょ? 大澤、届けてきてよ。ついでに、彼氏の顔を見てきていいから」

間が悪いとはこのことだ。
今、一番行きたくない部署が運営部だというのに。

それでも、まさかここで「別れたんです」とは言えない。
言えば、仕事中であるにも関わらず喜多さんは大声を出して、みんなの注目を浴びてしまうだろう。

「……行ってきます」

封筒を持ってゆっくり立ち上がると、喜多さんはにっこり笑って「ゆっくり行っておいで」と手を振った。

とぼとぼとしか言いようのない足取りで、私は階段をゆっくり上った。
加地くんでもいれば、こっそり事情を話してかわりに持って行ってもらったのに。

本音を言えば、夏生に会いたかった。
顔を見たかった。
いつも、すぐに目をそらしてしまうから。

腕のリハビリにちゃんと行ってるのかな。
いてぇよ、なんて言って、リハビリの先生を睨み付けたりしてないかな。
夏生は目力が強いから、そんなことしたら先生が怯えてしまう。

ちゃんとご飯食べてるかな。
冷蔵庫がまた空っぽになってるんじゃないかな。
私が買ってきて入れたものの、賞味期限がそろそろ切れる頃かもしれない。

気になることはたくさんあったけど、私たちは別れた恋人だから。
親しげに話すことなんてできないし、第一夏生と笑って話すなんて、今の私には無理だ。
きっと、泣いてしまう。
まだ、泣いてしまうから。


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