そのキスで教えてほしい
歩行者専用の信号が赤になった。道路の車が走りだし、行き交うヘッドライトが視界に入る。

「じゃあ、また明日会社で」

「あのっ……」

つい、呼び止めてしまった。

夜の暗さの中、私を見る崎坂さんにどきどきする。

――瞬間、崎坂さんの綺麗な手が私のコートの襟をつかんで、ぐいっと引き寄せられた。

細められた目元が色っぽく私を見つめて、ふわり、唇が触れてしまうんじゃないかというくらいぎりぎりのところ、ムスクの香りが誘うように漂ってきた。

「じゃあね」

言葉とともに口元にかかった吐息。
キス――と、言っていいのかわからないくらい、ほんのりと囁くように唇が掠った。

何が起こったのか状況をのみ込めないまま、体は離れて崎坂さんは歩いて去っていく。

「なに……いまの……」

しばらく放心状態で彼の背中を見つめていた。

唇が熱くなってくる。
これはキスと呼んでもいいもの?
微妙なその感覚が、私を翻弄している。

頭から離れない一瞬の出来事。
胸の高鳴りはしばらくおさまらなかった。
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