ネクタイをとられまして
「サディスティックな彼女にとられまし

て……。」

皆一様に口に含んだ何もかもを下に落とす

こと確実と思わざるを得ないほどに口をあ

んぐりと開けた。それと同時に変な間が生

まれる。ある者は額に汗を浮かべ、ある者

は持っていたペンを落とし、そしてある者

は天を仰いだ。

「あの、たいへん不可思議なのです

が……」

満を持してと言わんばかりに七三分けが今

この場に強盗でも現れない限り破れなかっ

たであろう沈黙を破った。

「久留麻さん。あなたはなぜそのネクタイ

を取り返さなかったのですか?」

面接官の全員が再び平静を取り戻そうとす

る前に男は口を開いた。

「先程、私がはからずしも強調してしまっ

た部分。言わなくてもよかった部分。覚え

ておられますでしょうか。サディスティッ

クという言葉。」

「ああ。記憶している。」

白髪眼鏡がすかさず答える。

「あれは何もおおげさに言ったわけではあ

りません。事実なのです。……少し、私の

事情をお話ししてもよろしいでしょう

か。」
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