才川夫妻の恋愛事情
仕事しようか、と彼は自分で自分の唇を拭いながら、反対の手でぽんぽんと私の頭を撫でていった。私は一人書棚の間で、唇からはみでたリップを指で拭う。
わかっていました。
才川くんは避妊なしに私を抱くことができない。
「私、過去の新聞広告探しますね」
「うん。頼んだ」
今の茶番にはどんな意味があったのか。結局わからないまま私たちはそれぞれ仕事に戻る。デスクからノートパソコンを持ってきていた才川くんは、壁際にべたりと座り込んで腕まくりをした。すっかり作業モード。「テーブル使ったらどうですか」と声をかけると、「今日は椅子に座りっぱなしだったから腰が疲れた」とおじさんみたいなことを言う。
何事もなかったように黙々と作業をした。私が資料室の中から使えそうな資料を見繕い、付箋を貼った書籍を才川くんのすぐ傍に積んでいく。彼はその資料の数値をグラフ化して説明資料に落とし込んでいく。
終わりが見えてきた頃、私はついうとうととしてしまった。
夜十時。
いつもならデスクに置いてある辛いタブレットを食べて眠気を凌ぐ時間。
「もうすぐ終わるから、寝ててもいいぞ」
「……寝るくらいなら先に帰ります」
「ダメだ。終電では帰れるから一緒に帰ろう」
おいで、と肩に呼び寄せられながら あれ? 今のは家での口調かなぁ とわからなくなっていると、徐々に意識が遠のく。
ただ深くまで眠りに落ちることはなく、恐らくその数分後。接していた才川くんの肩がぴくっと揺れたことで私の意識は覚醒した。