才川夫妻の恋愛事情
一瞬面食らった才川くんは、また会社での顔になって笑って見せる。
「――――花村さん、照れるから」
だけどそんなことで逃がさない。誤魔化させてなんてあげない。
私は声のトーンを変えずに言った。
「〝花村さん〟じゃなくて」
「……」
「〝才川みつき〟が好きでしょう? 才川くん」
傍から見れば馬鹿に見えるかもしれないな。
事実だけ挙げれば酷い夫婦なのに、何を能天気に自惚れているのかと。
だけど私には自信があった。
「私のこと大好きだよね」
「……前も思ったけど、たいした自信だよ」
たった一つのことを除いて、才川くんのことは何もわからないと思っている。
意味のわからない行動と言動。
引き出しから出てきた離婚届。
まったくもって意味がわかりません。
六年も夫婦をしているのにさっぱり、彼の意図することは何もわからない。
ただ 〝自分は彼に好かれている〟
そのたった一つの確信で、あの離婚届はただの紙きれだと思えた。
三月の、結婚記念日直前に見つけた離婚届。
そこから始まった私たちの夫婦喧嘩が決着したのは、春になってから。
今年の四月一日のことです。