才川夫妻の恋愛事情



一瞬面食らった才川くんは、また会社での顔になって笑って見せる。



「――――花村さん、照れるから」



だけどそんなことで逃がさない。誤魔化させてなんてあげない。



私は声のトーンを変えずに言った。



「〝花村さん〟じゃなくて」

「……」

「〝才川みつき〟が好きでしょう? 才川くん」



傍から見れば馬鹿に見えるかもしれないな。

事実だけ挙げれば酷い夫婦なのに、何を能天気に自惚れているのかと。



だけど私には自信があった。








「私のこと大好きだよね」








「……前も思ったけど、たいした自信だよ」



たった一つのことを除いて、才川くんのことは何もわからないと思っている。



意味のわからない行動と言動。

引き出しから出てきた離婚届。



まったくもって意味がわかりません。

六年も夫婦をしているのにさっぱり、彼の意図することは何もわからない。



ただ 〝自分は彼に好かれている〟

そのたった一つの確信で、あの離婚届はただの紙きれだと思えた。






三月の、結婚記念日直前に見つけた離婚届。

そこから始まった私たちの夫婦喧嘩が決着したのは、春になってから。



今年の四月一日のことです。



< 169 / 319 >

この作品をシェア

pagetop