才川夫妻の恋愛事情



〝別れる〟という単語は鋭利に尖って心をかすめていく。才川くんの口から発せられてその言葉は、何倍にも何百倍にも研ぎ澄まされて痛かった。目と鼻の奥がツンとして、気を抜くとぽろっと泣いてしまうかと思うほど。



でも何の意味もない。



自分の膝の上に置いていた両手をきゅっと強く握った。伝えるべき言葉を頭の中で選りすぐって、開いた口から声にする。



「……だって、離婚届ですよ?」

「うん」

「そんなの普通〝もう気持ちがないのかな〟って疑うし、信じろっていうほうが難しいでしょ」

「……うん」

「でも少しも疑えなかった」

「…………え?」





〝別れたい?〟って訊く言葉も、


離婚届も、


意味がない。





「……私ね、才川くん。少しも疑えなかった。自分でもびっくりしたの。旦那さんが離婚届なんて持ってたのにね、すごく自信があった。才川くんきっと」









「私に惚れてるでしょう?」








< 168 / 319 >

この作品をシェア

pagetop