才川夫妻の恋愛事情
「……へ?」
「……」
「今、なんて?」
「別に」
「何が心配……?」
「何も言ってない」
「うそ! 絶対言ったでしょう今!」
「空耳」
かたくなに否定する背中に、あぁもうやられた、と思って両手で顔を覆う。
出会ってからも少しずつ大人になっていった背中は、黙々と洗い物を片付ける。それはきっとお腹にいる赤ちゃんのことを気遣ってのことだ。
そっとテーブルを立って、洗い物をする才川くんの背中に抱きつく。ぎゅーっとお腹のあたりを抱きしめて背中に額をつけると、考えていることがすべて流れ込んで伝わるようなイメージ。
「……みつき?」
「好き。千秋くん、ほんとに……大好き」
だけど言葉は怠らないのです。
可愛い人だな。この人のことが愛しいなぁ。そんな気持ちでいっぱいだった。
「……」
才川くんは黙ったままきゅっとシンクに流れていた水をとめて、タオルで丁寧に手を拭く。そしてそっと私が彼のお腹にまわした腕をはずして、こちらを振り返った。
じっと見つめられる。切れ長の鋭い瞳。
私が何も言わず見つめ返すと、才川くんは〝はぁー……〟と小さく息をついて、正面から私の体を抱きしめた。
「……あのさ」
「……はい」
耳の横から聴こえる声に心臓が痛くなる。あぁこれだけでドキドキしてしまうんだ私は。馬鹿だなぁ。
鳴り止まない心臓の早鐘がバレることも覚悟で、きゅっと彼の背中を抱き返した。才川くんの問いかけが続く。
「……別にしてもいいって言ってたよな、お医者さん」
「……赤ちゃんを驚かせないくらいだったら」