グリッタリング・グリーン
少し細めの、整った小柄な姿が引き戸の向こうに消える。

私は慌ててブーツを脱いでお邪魔した。


薪ストーブの上で、銅製のケトルがシュンシュンと音を立てている。

元は和室だったのを、畳をすべてはがしてセメントの土台に直接机や椅子を置いているこの部屋は。

東京の片隅に、忘れ去られたように建つ昔懐かしい和風の家屋の、玄関を入ってまっすぐ廊下を進んだ、一番奥にある。

葉さんはここに寝泊まりもするけれど、住居は別に持っていて、アトリエ兼事務所として、この小さな民家をあちこち手を入れて使っている。


私はできあがったイラストを受け取って、早々においとましようと思っていたのだけれど。

目の前の彼がまだ絵筆を持って机に向かっていることに驚き、あの、と声をかけた。



「ごめん、連絡してから気がついたんだけど、今回1点多かったんだね」



煙草をくわえて、大振りのオフィスチェアに片ひざを抱えるように座り込んだ葉さんが言う。

背中を丸めて、気負いもなく、落書きでもしているようにしか見えないけれど。

これが、彼の一番集中している時の姿であることは、言われなくてもわかった。



「すみません、事前に確認すべきでした」

「いや、俺が忘れたのが悪い。今、仕上げるから…」



そのへんで待ってて、とでも続けようとしたのだろうけれど。

彼の意識はパネルに水張りされた荒目の水彩紙にひたりと吸いつき、その言葉は途中で消えた。


私は息をするのも忘れて見守った。

彼の、制作の現場が、目の前にある。

こんな、奇跡のような贅沢。


どこで手に入れたのか、大きな木製の古い製図机を、彼は使っている。

斜めにセットされた天板の上で、流れるように描かれていく絵が、少し離れたところに立つ私からも見える。


繊細だけどスマートな鉛筆の線と、水彩。

彼の描く人物も動物も、無機物までもが、極端に簡略化して描かれているにもかかわらず、今にも動き出しそうな生命力を持っている。

どうしてあんな絵を描けるんだろう。

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