グリッタリング・グリーン
榎本葉(えのもとよう)。

私の勤める制作プロダクションと契約しているイラストレーターだ。


私は音をたてないよう、ストーブのそばにあるパイプ椅子に腰をかけて、隣の椅子にバッグを置いた。

セメントの床は掃除もしないようで、じゃりじゃりとスリッパの裏が鳴り、けれど彼は平気でそこを裸足で歩く。


煙草で紙が焦げるんじゃないかと思うくらい顔を寄せて、黙々と葉さんは筆を走らせる。

いつも少し眠たげな横顔は、まだ学生くらいに見えて、汚れとか疲れとかとは縁遠い、無垢な自由さを感じさせた。


できたよ、という声に我に返った。

気がつけば、葉さんがクラフト紙の大きな封筒を差し出している。

慌てて両手でそれを受け取った。



「ありがとうございます、いただいていきます」

「確認してよ」



そうだった。

あたふたしつつ、細心の注意を払って中身を取り出す。


一枚一枚トレーシングペーパーのかかったイラストは、どれも発注どおりであるばかりでなく、彼らしく、生き生きと鮮やかで。

私はその世界に引き込まれて、気づけばまたぼんやりしていた。





「朋枝ちゃん、この間のダイレクトメールの見積もり、やっぱり今週中にほしいって連絡あったよ」

「あっ、はい、了解しました」



デスクに戻った私は、不在中の連絡メモの山に迎えられた。

取りこぼしのないよう一件一件慎重に確認し、見積もりの件も手帳に書き入れ、念のため付箋にも書いてPCのモニタに貼る。

それが済んだところで、フロアの片隅にあるスキャナに葉さんの原画をかけた。

汚さないように、丁寧に丁寧にセットする。


ラフ用だから、色味なんかはあまり関係ないんだけれど、なるべくあの美しい色彩を再現したくて。

ああでもないこうでもないと調整しながら、子供向けの百科事典の挿絵となる数点のイラストをデータ化した。


春に入社したばかりの私は、当初、下っ端としてメッセージボーイのようなことをしていて。

印刷所やクライアントさんのところへ行って、届けものや預かりものをしている中で葉さんに出会った。

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