グリッタリング・グリーン

「ありがとうございます、本紙校正を早く出して、そこからの調整も時間取れるよう、やってみますから」

「そこまでしてくれなくていいよ、生方が担当してくれるんなら、そう変なものにはならないと思ってるからさ」



葉さんはサンプルを丁寧に封筒に戻すと、煙の届かない椅子の上に置いて、ゆっくりと煙草に火をつけた。

私はといえば。

感激で、涙が出そうになっていた。


葉さんはデジタルの調整に頼るのを好まない。

完成形を念頭に置いた上で絵を描くので、それ以上にいじられるのを好かない。


これはアナログで制作する作家さんなら当然のことで、人によっては、どうしても調整が必要なら描き直させろとまで言う。

葉さんは制作のスケジュールや私たちの立場を知っているので、そういう無理は絶対に言わないけれど。

なるべくなら元の絵をそのまま再現してほしいと思っているのは、これまでで充分に感じられた。


その葉さんが。

私に任せてくれた。





「お帰り、葉の奴、どうだった?」

「理解してくださいました、元はといえば私が紙質を上げたがっていたので、よかったねって言ってくださって」



そう、とデスクの部長が表情を和らげる。



「葉さんみたいに、進行や制作の事情に配慮してくださる作家さんは助かる反面、心苦しいですね」

「うん、あいつはね、昔はちょっとそのへんが極端だったんだよ」

「極端?」



首をかしげる私に、部長が席を立って、フロアの片隅のエスプレッソマシンのところへ行った。



「父親の仕事を見てるから、しょせん作品なんて、納品した時点で他人のもの、って変にさめたところがあったんだ」

「そんな」

「そういうのは、経験を積んでいく中で知っていけばいいことで、よくないと俺はずっと思っててね、はい、寒かったでしょ」



湯気の上がる小さなカップを受けとって、私は確かに自分が冷えきっていたことに気づく。

部長は自分にも一杯作ると、カウンターに浅く腰を預けて、昔を振り返るようにカップを見つめながら続けた。



「だから一時期、インスタのイベントとかライティングの仕事とかを、積極的に斡旋したんだ」

「もしかして、アワードへのエントリーとか、そのあたりもですか」


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