幼ぶるヒツジ


「もうすぐ中間なんだよ」


「あーそうかい。だったら尚更早く帰って勉強しろ高校生」


「だから柊ちゃん呼びに来た。一緒に帰ろ」


「俺は明日も一限から元気に学校なんだよ!」


わざと冷たく突き放す。


その後で見せる悲しそうな顔は、先回りして視線を外し、見ないようにした。


あゆなが高校受験をしていた時、家庭教師を引き受けていたのは俺だ。


去年の秋から冬にかけてだった。


推薦で進学先が決まっていた気楽な身分だったところへ、提示されたバイト代に目がくらみ、軽く引き受けた役目だった。


それなのに責任が重い上に、まさか自分の理性を殊更叩きのめすような修行が続くとは思っていなかった。


「家まで送って行くから」


床に落とした上着をもう一度手に取ろうとした時、クンと服の裾が引っ張られる。


反射的に振り向いたら、すぐそこに涙目のあゆなの顔があった。


俺が一番弱い顔だ。


「……どうして家を出たの?ここなら自宅からでも通えたのに」


「それも何度も説明した。いい機会だったからだよ」


「知ってるけど、それ絶対本当の理由じゃない」


「………」


そうなんだー!と、単純に受け入れてくれる奴だったら楽だったのに。


あゆなは普段は軽口だが、決して頭は悪くない。


てかむしろ俺よりいい……家庭教師いらなかったろお前。


「私のせい?すぐに柊ちゃんに甘えて頼るから」


もういっそ、そういうことにしといてやろうかとも思う。


そうしたら軽々しくここに現れたりしなくなるだろうか。


身体の向きを変え、俺の服の裾を握ったままのあゆなの拳をふんわりと掴まえた。


このくらいのスキンシップでは驚かない仲の俺たちだ。

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