指サックの王子様
また、なにを言うのよ……ってツッコミたかったけど、なぜだか抱きしめられて嫌悪感がわかない。

むしろ、安心するような不思議な気持ち……。

いつの間にか彼の顔に胸を埋めていていると、呟くような声が聞こえた。

「そろそろ戻らないと、あのハゲオヤジがうるさいから。また辛くなったら、今度はオレを呼んで」

「呼ぶって、どうやって?」

もうお別れかと思うと、どうしてか残念に思ってしまう。

「会いたいって、願うだけでいいよ」

「分かった……」

そんなファンタジーみたいなことが、起こるわけないとほとんど信じていない。

「じゃあ、オレ先に戻るから。残り時間、頑張ろうな」

そう言った彼は、私にニコリと微笑むと給湯室を出て行った。

なにか変な夢でも見ていたみたい……。

彼がいなくなると、途端にそんな気がした。

だいたい、あの『指サックの王子様』は、どこへ消えたんだろう。

他の人に姿を見られてもいいのかな。

やっぱり、ただの変な人だったのか……。

頭の中は若干混乱ぎみのまま、オフィスのドアを開けたとき、足元に指サックが落ちていることに気づいた。

単にここへ落としただけなのか、それとも……。
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