仮氏
彼は横に座ったまま、何も話さない。
何かを頼むわけでもなく、ただ黙って座っている。
話しかけたらいいのだろうか?
でも、いっそのことこのまま放っておいて嫌われた方が楽なんじゃないか。
私は溜め息をつきながら、グラスを傾けた。

「ごちそうさま」

私が選んだ答えは後者だった。
彼がいないかのように、1人で飲みに来たときと同じように振る舞った。
彼の分も一緒にお会計をしたけれど。

私が席を立っても彼は座ったままだった。
私がplanetを出ても彼は出てきそうもないので、家に向かって歩き始めた。

「エスパーじゃあるまいし、黙ってられてもわかんないじゃない」

自分に言い聞かせるように呟いた。


「莉音!」

強く腕を掴まれた。

「何?なんか用事でもあった?」

こんな言い方しかできなくてごめんね、と心の中で謝った。

「何でシカトすんの?」

「してないじゃん」

「してるし」

「…」

「電話出ないじゃん」

「メモに書いた通りだもん、話す必要ないでしょ」

「忘れて、だけじゃわかんねーよ」

「そのまま、忘れてって意味。私もなかったことにするから」

「無理なんだけど」

「無理じゃないでしょ、代わりはいくらでもいるじゃん」

早く手を離して。
そう思いながら私はそう言った。
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