仮氏
彼は私を自分の方に向かせると、

「じゃーなんで泣いてんの?」

と言って抱きしめた。

「じゃーなんでこんなことすんのよ」

「なんでだろうね?わかんない」

「私もわかんない」

このまま掴んだ腕を離してくれればよかったのに。
抱きしめられたらやめられなくなる。
なんで私にこんなことするの?それともみんなにこんなことするの?
振り回さないでよ。
そう思うのに、背中に回された腕を解くことができない。
見上げると、彼と視線がぶつかる。
彼の顔が近づいてきたから私は目を閉じた。
重なる唇があったかかった。

「さっきの声かけてき奴の気持ちがちょっとわかった」

「は?いきなり何よ」

「溜め息つきながらグラス眺めてる莉音の横顔綺麗だったから」

「…ばかじゃないの」

「はー。このまま会えなかったらどうしようかと思った」

「思ってもないくせに」

私がそう言うと彼は笑っていた。
彼が言ったことが本音じゃなかったとしても、そんな言葉に喜んでしまう私がいた。
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