彼はメッセンジャー



「……ごめんなんて、今更言われても許さないんだから」



些細なきっかけから起きた喧嘩。だけどそこから意地やプライドなんかもあって、仲直りはできないまま一晩が明けてしまった。

さらには直接言わずに伝言を頼むというところもまた不誠実に感じられて、素直に許す気持ちにはなれない。



そんな思いで、私は彼へ伝言を返すことなく仕事を再開させた。





「伝言をお願い。事務のバイトの子に『明日の勤務は18時まで』って」

「はーい」



そしてその後も、ひとり、またひとりと彼に伝言を頼んでいく。



「あと営業部の課長に、『取引先から電話あり』って伝えて」

「りょうかーい」



ひとり、ひとり、またひとり。

いろんな人への伝言は伝えられるのに、あの人への伝言は伝えられないまま。





「ねぇ、伝言返さないの?」



迎えた夜、誰もいないフロアに残り残業をしていた私に、ひとりの彼が突然問いかけた。



「え?」

「吉野さんから昼間に『ごめん』って伝言きてたじゃん」



その言葉に、忘れようとしていた先ほどのあのひと言をはっきりと思い出す。

『昨日は本当にごめん』……か。



「……いいの。向こうが悪いんだもん。それに伝言で謝るなんて、誠意が感じられない」

「言いづらいから伝言にしたんじゃないの?それを感じ取れないなんて……だから佐原さんはかわいげがないんだよ」

「うるさい。伝言係が口出ししないで、ほっといて」



こういう言い方がまたかわいげがないのだと、自分でも思う。そんな私を叱るでもなく、彼は困ったように笑った。


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