彼はメッセンジャー
「なに?まだ伝言付け足す?」
「ううん……伝言じゃ、なくて」
不思議そうに首をかしげてこちらを見た彼に、私はしっかりと目を見て伝える。
「ありがとう」
「え?」
「……あなたがいたから、伝えられる、から」
それは、私ひとりでは伝えることのできない気持ち。
あなたがいたから、あなたに記すから、伝えることのできる気持ち。
その言葉に彼は一瞬泣き出しそうな顔をして、だけどぐっと堪えて、精いっぱいの微笑みを見せた。
「俺こそ、ありがとね。……佐原さんの丸い字、かわいくて好きだったよ」
あたたかく柔らかなそのひと言をだけを残して、彼はフロアをあとにした。
彼の『ありがとう』の意味は『今まで仕事を与えてくれてありがとう』なのか、『最後に伝えてくれてありがとう』なのかは、わからない。
だけどその言葉は、やさしくこの心をあたためてくれた。
「……佐原」
呼ばれた名前にふと顔を上げると、フロアの入り口には吉野さんが立っていた。
「吉野、さん……」
「見たよ、ふせん」
驚く私を見て笑う、その手には私が印鑑を押して返した書類と、『私こそ、ごめんなさい』と書かれた水色のふせんを持って。
「ごめんな、佐原。……伝えてくれて、ありがとう」
「私こそ……ごめんなさい、ありがとう」
声に出すと一層重みを増す言葉。けれど、その言葉を伝えるきっかけをくれたのは、彼の存在があったから。
彼は私の伝言係。
どんなことも、どんな気持ちも、伝えてくれるメッセンジャー。
end.
擬人化:ふせん


