閉じたまぶたの裏側で
翌朝、いつものようにまだ人もまばらなうちに出社すると、デスクの上に缶コーヒーが置かれていた。

いつもの事だ。

彼が私と一緒にいる時に奥さんからの電話で急に帰った翌朝は、必ずデスクの上に缶コーヒーが1本置かれている。

お詫びのつもりなんだろうか。

安いお詫びだな。


席に座り缶コーヒーのタブを開けようとすると、橋本主任が私の横に立った。

「河合。」

「おはようございます。」

何食わぬ顔をして挨拶をするのも慣れたものだ。

まさか橋本主任と私が不倫をしているなんて、社内の誰も思っていないだろう。

「今日の会議、時間が1時から2時に変更になった。あとこれ、追加の資料。」

「わかりました。」

資料を手渡すと、橋本主任は自分の席に戻った。

受け取ったその資料には、付箋が貼り付けられていた。

【芙佳、夕べはごめん。
愛してるから機嫌直して。
今度の金曜、行ってもいい?】

……中学生か。

誰かにバレたらどうするのよ。

資料から剥がした付箋を手の中でクシャッと丸めて、制服のポケットに突っ込んだ。

同じ部署の上司と不倫しているなんて誰かに知られたら、たちまち噂が広がって私も彼もただじゃ済まないだろう。

こんな関係、愛も未来もない。

あるのはリスクだけ。

それなのに私たちは、もう3年もこの関係を続けている。

別にこのままでいいとは思っていないし、不倫がしたいわけでもない。

彼氏だと思っていた人に、いつの間にか奥さんがいた。


それだけだ。





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