閉じたまぶたの裏側で
電話を終えた勲は、スマホをジャケットの上に放り投げて、私を抱きしめた。

「…帰るんでしょ。」

「……うん。」

そう言いながらも、勲は私から手を離さない。

黙ったままで、ただ強く私を抱きしめる。

「帰って。もうここには来ないで。」

「芙佳…。」

「本当に私の事が好きなら…。」

その言葉は諸刃の剣みたいに、私の心も勲の心も激しく斬りつけた。

深くえぐられた心がドクドクと赤い血を流す。

勲はゆっくりと私から手を離し、リセットでもするかのように元通りの姿に戻って、何も言わずに帰って行った。


これでいい。


血のしたたる傷口を涙で洗い流して、ズキズキと疼く傷痕を両手で押さえながら、目を閉じてその痛みに耐える。


今はどんなに胸が痛んでも、いつかその傷は癒えていくはずだから。






さっきまで勲と抱き合ったベッドの上で、まだほんの少し残る勲の温もりに身を委ねた。


“愛してる”


声にならない声で呟いて、涙でシーツを濡らした。

シーツのシミは次第に広がり、涙の海の中で溺れているような錯覚に陥る。

忘れてしまえればどんなにラクだろう。

なんの疑いもなく勲と愛し合えた日々の記憶が私の心にしがみついて、“捨てないで”と悲鳴をあげる。


幸せだった日々より、どうにもならない現実を持て余した日々の方がずっと長いのに。









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