閉じたまぶたの裏側で
冷たいコンクリートの廊下を帰っていく勲の足音を、ドアにもたれ、目を閉じて聞いていた。

いつも“帰らないで”と思いながらドア越しに聞いていたこの音を聞くのも、もうこれで最後だ。


“もう二度と来ないで”


私がそう言った時の勲の悲しそうな顔が、閉じたまぶたの裏側に浮かんで涙が溢れた。

本当に好きだった。

肌を重ね合う時だけは私にすべてを預けてくれているような気がして、ずっと抱き合っていられたらいいのにと思っていた。

いつだって勲は、好きなのは芙佳だけだと言ってくれたけど、それなのに私だけの勲でない事が悲しかった。

何もかも捨てて私を選ぶと言ってくれた事、本当はとても嬉しかった。

だけどもう、なんの迷いも疑いもなく勲と愛し合えたあの頃には帰れない。

勲は私を裏切り、私は勲を憎んだ。

あんなにつらかったはずなのに、一緒にいられて幸せだった日の勲の笑顔ばかりが浮かぶ。

優しく抱きしめてくれた手も、ケンカをして私が泣いた時の困った顔も、少し甘えた声も大好きだった。


閉じたまぶたから、とめどなく溢れた涙が頬を伝い、ポトリポトリと落ちて床を濡らす。



“芙佳、ごめん…。もう泣かないで…。”




どれくらい涙を流せば、勲へのこの想いを忘れられるだろう?








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