閉じたまぶたの裏側で
應汰の手からゆっくりと手をほどいた。

「今日は帰るね。明日、朝早いんだ。」

「どっか行くのか?」

「両親のとこ。」

「そっか…。送ってく。」

「ここでいい。應汰…。」

「ん?」

「ありがと。じゃあね。」

小さく手を振って應汰に背を向けた。

少し歩いたところで、應汰が駆け寄って来て私を後ろから抱きしめた。

「俺、しつこいぞ。あきらめないからな。芙佳が俺の事好きだって言うまで、ずっと言い続けてやるから覚悟してろよ。」

少し伸び上がって、應汰の頬にほんの少し掠めるようなキスをした。

「望むところだ。」

私が笑うと應汰は私の額に優しいキスをした。

「おやすみ。気を付けて帰れよ。」

「…おやすみ。」

應汰の手が、ゆっくりと私から離れた。


会社を辞めた事も、明日には引っ越す事も告げないまま、そこで應汰と別れた。

駅に向かって歩きながら、應汰の唇の柔らかい感触が残る額に、人差し指でそっと触れた。


最後のおやすみのキスは、とても優しかった。



いつか私の心の傷が癒えて、すべてを受け入れられるようになった時には、應汰が好きだって言えるかな。


應汰はモテるから、その頃には別の人と幸せになっているかも知れないけど…。





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