おいしい時間 しあわせのカタチ
「はい、今でも俺はときどき会ってたんで。もっとも、最近はとんとご無沙汰ですが。……前の社長が吉川さんとこの常連で、熱心に書き口説かれて……っていう話でした」
「そういや、ホテル織部といやぁ最近料理の味が落ちてるってんで、挙式を別の場所に変えたっていう話を前にお客がしていたな。もっともそれがヨシの店も含むってことじゃあないだろうが……」
「だといいですけど、あのひと顔も広いし、街のご意見番ですし……」
「あいつの言うことはだいたいオーバーなんだよ。真に受けるもんじゃねぇ」
気丈に根岸くんをたしなめるものの、ゴンさんの表情は固く、顔全体に憂いが色濃く覆っている。
とりわけ吉川さんと仲がよく、間近で指導を受けていた丹後さんの心中は察するに余りある。
部外者なりに根岸くんも気を揉んでいるのがわかって、佐希子は今の枡屋を取り仕切る者としてなにを言うべきか頭を捻った。
「せめて吉川さんのお店だけでも繁盛してくれているといいのですけれど、彼は矜持の固い人でなかなか信念を曲げないから、どうなっているものかは直に聞いてみないことにはね」
「なら、会いに行くんですか? だったら俺も行きます」
勢い込んで言った丹後さんに、しかし佐希子は無情にも首を横に振る。
「もし経営が逼迫していたとしても、本人から助けを請われるまで、うちからの手助けは一切しません。ゴンさんも、丹後さんも、いいですね」
そんな、と言いかけた口元を、けれども寸前で丹後さんは押さえ込んだ。
口惜しさはわかるが、情けで店はやっていけない――そのことは丹後さんもわかっているのだ。