おいしい時間 しあわせのカタチ
「よほど大事なものだったんですね」
いやあ、と社長は笑いながらもどこかバツの悪そうな様子で頭に触れると、
「ありゃあ、俺の娘のもんでな。つっても今はもう、17とか8なんだけどよ」
佐希子は目を見開いた。
「社長ってご結婚されてたんですか」
「はは、見えねぇかい? まあそうだよな、別れたのももうずいぶん前の話だ」
「そうだったんですか」
とすると、娘さんの親権は元奥さまが持っていってしまったということか。
この様子なら定期的に会っている様子でもなさそうだ。
それならなおさら忘れていったハンカチを肌身離さず持ち歩き、心の拠り所にしていたのだろう。
いつも笑顔の絶えない社長の、笑顔の裏に隠された、思いがけない心の深淵を覗いてしまったようで、いささか神妙な心地になっていると、
「社長、棚橋製作所さんです」
「わかった今行く。事務所のあれこれ注文してたやつだ。じゃあ佐希ちゃん、そんなら後でな」
「はい、お待ちしてます」
ぱたぱたと走っていく社長を見送って、佐希子は、直前までなにをしようとしていたのか思い出すのに暫しの時間が要った。
折りしもセロリを吟味するお客さんが視界に留まり、慌てて携帯電話を取り出した。