おいしい時間 しあわせのカタチ
月が変わり、来週には平野部でも雪がちらつくところがあるだろうとの恐ろしい予報が否が応でも巷を気忙しくさせる今日日、枡屋の暖簾をくぐってやってきたのは、先日、校長先生に連れられてはじめて店を訪れたなんとかコーチだった。
あいかわらずすごい仏頂面だが、よほど長い距離を歩いてきたのか鼻先が真っ赤で、とっつきにくさがすこしやわらぐ。
「今日はなににしましょうか?」
訊ねると、コーチはまず盛大に鼻をかんでから、
「……前に食べた、玉ねぎとチーズのやつは予約なんですよね」
「はい、すみません。今日のおすすめはカキフライです。大きくてぷりぷりですよ。どうですか?」
「せっかくですけど、自分、アレルギー持ちなんで」
「あら残念」
「あの――」
とコーチは鼻と同じだけ赤くなったかたい指を伸ばせるだけ伸ばしてメニューをさし、
「小鍋立てって、なんですか」
「文字通り、一人用のお鍋ですよ。あったまります。具材は蓋を開けてのお楽しみ――ってわー、覗き見は厳禁ですから」
さっとカウンターから身を乗り出し、佐希子はコーチと離れた席に座るお客の小鍋立てを遮った。