おいしい時間 しあわせのカタチ


「もしかしてコーチが指導されてる野球部の部員さんですか?」

「はい。――ほら早見(はやみ)、ぼけっとすんな」

「あ、ああ、すいません。俺、こういうお店に入るのはじめてで。えと、嶋内工業高校普通科二年、野球部の早見新(あらた)です。今日はコーチのご厚意で連れて来ていただきました」


 さすがは野球部というか体育会系というか、ものすごく物堅い挨拶で、かえってこちらが恐縮してしまう。

 嶋内工業は昔から野球とハンドボールにとくに力を入れていて、いずれも全国大会出場経験のある実力校として地元では有名だ。だからこその厳しさは計り知れないものがあるのだろう。

 はじめての来店以来、ちょくちょく顔を見せてくれるようになった土井コーチから聞いた話では、コーチは現在、本業である月金の仕事に就く傍ら、請われて嶋内工業高校野球部のコーチをつとめているという。

 まともに練習を見られるのはもっぱら週末だけらしいが、それでも着任して四ヶ月余り。

 部員たちともだいぶ打ち解けてきた、と嬉しそうに言っていたのはもう今年の頭のことか。

 練習熱心で、心根がきれいで、伸びしろもある彼らといるとその目に見える成長ぶりが眩しくて格好良くて……、最初はすこし惰性気分でやっていたところもあったのが、今ではむしろ週末が待ちきれないこともあるという。

 とっつきにくい顔つきと雰囲気でわかりづらいが、内面にはそれを補って余りある思慮深さと熱意が溢れているのを、佐希子をはじめ、枡屋の従業員はみんな知っていた。

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