おいしい時間 しあわせのカタチ
「……一之瀬(いちのせ)を説得できるのは早見、おまえだけだ。それは、おまえもわかってんだろ」
「それは、そうかもしれないですけど、あいつだってむずかしい立場なんですよ。そのへんは俺も同じ中学出身でいろいろわかってるし……」
「向こうが譲れないからこそ、おまえがしぶとく手を差し伸べてやれ。そうすりゃあいつだって自分がどうすべきか気づくだろ。おまえはもうあいつと一緒に野球がしたいとは思わないか?」
「そりゃもちろんしたいですよ。――残りの一ヶ月ちょい、一緒に基礎練がんばって、最後の夏には必ず甲子園に行く。そのためには一之瀬の力が不可欠です」
「それならやっぱり――」
賑やかな大上班とはちがい、コーチと早見くんはさいぜんより食後のお茶を飲みながらなにやら難しいやり取りを続けている。
部活でいろいろあったのだろう、と佐希子は察し、敢えて聞こえていないふりに徹していた。
学生とコーチの組み合わせははじめてだが、ときどき見られる光景だから別段構えることもなく、心得どおりにそっとしておく。
やがて注文が途絶えがちになり、佐希子はお客との会話に付き合いながら、濡れた食器の水気を拭う。
「なぁ根岸、さっきから気になってたんだけど、あそこに座ってんのってひょっとして嶋工の早見?」