おいしい時間 しあわせのカタチ

 レジへ移動すると、財布を取り出すコーチの後ろから、早見くんが、


「ごちそうさまです」

「飯代分、明日からも練習がんばれよ」

「はーい」


 和やかなやり取りに佐希子も自然口元をほころばせていると、ふいに何かに気づいたように早見くんの視線が止まった。

 ――またあの三人。


「――やっぱ、ネットの威力ってすごいっすね」

「え?」


 ぽつりとこぼした早見くんの声に、コーチの眼の色が変わる。

 暖かい部屋でますます酒が回り、見境のなくなりかけてきた大上さんたちのひとりが、ついに携帯電話を取り出した。

 あの構えは、と佐希子もさっと表情が強張る。


「早見、こっちだ」


 とコーチが腕を引くのが早いか、カウンターの中でガシャン、と皿の割れる音が響いた。

 不意に訪れる静寂と沈黙。

 普段なら歓迎できないそれらも今の佐希子にはありがたかった。

 佐希子はその隙に急いで釣り銭を用意すると、押しつけるようにしてコーチの手に握らせた。

 目配せを送り、コーチに戸を開けるよう促す。早見くんの顔を隠すには、佐希子の身長ではあまりにお粗末だが、寄り添うようにして店の外に連れ出した。

 コーチの言うとおり、外にはちらほらと心もとない雪が舞い、吐いた息がたちどころに凍りつく。

< 81 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop