おいしい時間 しあわせのカタチ


「佐希子さん、すんません俺……」


 とうに暖簾は外され、お客も皆帰った後の店内。

 それぞれのテーブルを回って後片付けをしていた佐希子の背に、いつになく弱気な声が届いた。

 振り返れば根岸くんが、皿の残骸を入れた袋を持ち、小刻みに震えながら立っていた。


「ああ、いいのよお皿の一枚くらい。それより怪我しなかった? 根岸くん素足だから心配したわ」

「俺はなにも。それに、謝りたいのはこれのことだけじゃなくて、あいつら……ほんと」


 ぐっと根岸くんは唇を噛む。

 自分の友人の情けない態度が、自分や、ひいてはこの店まで侮辱されたような気になっているのだろう。

 もともと大上さんに対して好い感情を持っていないのならなおさらのはずだ。


「それだけ早見くんが期待の星ってことでしょう。野球選手はみんなの憧れでヒーローだもの。その人に会えて舞い上がって、ちょっと度が外れちゃうことだってあるだろうし」

「でも、だからってわかるでしょう……! 明らかになにか個人的な話があって、それでうちに来たんだって。あいつら自身、話してたじゃないですか。嶋工は今、土俵際にいるんですよ。それを知っててどうしてあんなふざけたことができるのか。帰り際の高校生のあの顔。思い出すだけで俺もういたたまれなくて……っ」

「そんなに思い詰めるものじゃないわ。みんながみんな、根岸くんみたいにいられるわけじゃないんだもの。噂に敏感で、それをいたずらに面白がりたがる人もいる。大事なのは、そういう人たちからいかにして目を逸らさせるかよ。そして根岸くんはさっきとっさにうまいことやったわ」


 と割れた皿に目をやり、「ちょっと過激だったけどね」

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