おいしい時間 しあわせのカタチ

 昨晩、佐希子さんに渡したケーキこそ、まさに現在、大上が足を棒にして走り回っている理由だった。

 ローカルテレビ発案のもと、会社がバレンタインデー用に地元の生産者と提携して生産したそれは、スーパーやデパート、コンビニなどの身近な小売店を中心に、一県のみで扱われる予定の超限定商品だ。

 営業部にいる大上は、本来の業務と平行しつつ、テレビ局と手分けして、販路の確保に奔走していた。

 だがそれももう終わる。

 運転席に深く座ったまま、コーヒーの熱い湯気に埋もれて一息ついていると、携帯が鳴った。

 根岸か、と慌ててメールを開くと、庶務課の美砂(みさ)からだった。


『お疲れさま。今日何時に仕事あがれそう? 一緒にご飯でも食べない?』

『会社戻ってみないとなんとも』

『そっか、だよね。この前、タツくん、篤(あつし)と一緒に遊んでくれたでしょ? あのときから篤、次はいつタツ兄くるの? ってせがみっぱなしで』


 同じ会社ではたらく契約社員の美砂はいわゆるシングルマザーで、先日三歳になったばかりの息子と二人で暮らしている。

 美砂とは会社の食堂で知り合い、歳は彼女がひとつ上だが、飾らない性格が好ましかったのと、女手ひとつで子供を育てているという境遇に感銘し、大上のほうからすこしずつ距離を縮めていった。

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