おいしい時間 しあわせのカタチ


「いえ。――ああそうだ、昨日はごちそうさまでした。あんなに美味しいビーフシチューを食べたのはもう10年近く前のことだと思います。すっごく、美味しかったです。それなのに俺、いつになく酔っ払っちゃっててちゃんとお礼が言えなくて、すいません」

「いいんですよ。それに根岸くんからもう伝言は受け取ってます。三人ともいい食べっぷりで、見ててこっちまで嬉しくなりました。ぜひまたいらしてくださいね」


 屈託のない笑顔に、大上の胸がきりりと痛んだ。

 ダンボールを持つ手に知らず力を込めると、


「……それは、すいません、もうないかも」

「え?」


 大上は目を逸らし、うっすらと自嘲を口の端に浮かべた。


「根岸に叱られたから。それに、多分、言ってもあいつらはああいう悪乗りをやめないと思うし。……根岸あいつ、よっぽど枡屋が好きなんですね。誇りに思ってるのが伝わってきて、なんか俺、ちょっと感動しました」


 調理の手際も、正確なお運びもさることながら、阿吽の呼吸みたいに土産用の弁当を準備した如才のなさ、そしてあの皿……あの機転はよほどお互いの心が通じ合っていないとできない芸当だ。

 それに、女将の佐希子さんに心酔し、なんとか彼女の役に立とうという気概が感じられたのもダイレクトに胸に迫った。

 根岸が、あんなに熱い男だったなんて、知らなかった――。

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