甘やかす彼【ぎじプリ】
あまい彼と私
 深いため息をついて、椅子に座った。
 だだっ広い会議室には、さっきまでいたお客様の土っぽい臭いが残っている。
 大きなテーブルには、資料や私が走り書きをしたメモ、デジカメ、コーヒーカップが無造作に置かれていた。
 もう一度、ため息をついて、温くなったコーヒーを一口飲んだ。

「大丈夫か?」
 彼が気づかわしげに言ってきた。
「大丈夫ですよー」
 力も覇気もない声で、天井を見つめながら答える。
「全然、大丈夫じゃないだろ」
 そんなの自分が一番わかっている。でも、ここで大丈夫じゃないと自覚したら、文章を書く気が起こらなくなる。

「まったく、俺ははらわたが煮えくり返っているよ」
「そんなに怒らなくていいよ。言われたのは女の私なんだし」
 テーブルに顎を付けて、腕を無気力にぶらぶらと揺らす。こうすると少し落ち着く。
「私は大丈夫だよ。あの陶芸家さんは、前にインタビューしたときも、同じようなこと言ってたし。あの陶芸家先生が女を見下しているのは、業界内でも有名だし」
「お前、そのときにもなにか言われたのか?」
「うん。ああ、前の時はまだいなかったもんね」
「それ聞いたら、ますます、はらわたがおかしくなりそうだよ」
 彼はいつも私と同じ気持ちでいてくれる。

「ごめんね。嫌な思いさせちゃって。聞いているほうも気分悪いよね」
「俺はいいんだよ、仕事だし」
「私だって仕事だよ」
「お前の仕事は、人にたくさんの情報を解りやすく伝えることだろ。あんな暴言を聞くためじゃない」
「暴言なんておおげさ」

 私は体を起こし、ちょうど一年前に自分が書いた記事をぼんやり思い出した。そして、小さな山となっている紙の束から、その記事が載っている雑誌を抜き取った。
 そこには、整った顔立ちの男が美しい笑顔を浮かべて、自分の作品を持っている。
 その顔を見るとさっき言われた失礼な言葉が、箇条書きのように浮かんできた。

・女は仕事と結婚を天秤にかけず、結婚をとればいい。
・女が仕事で得られるものなんてほとんどない。
・女のにわかファンほど面倒なものはない。

 やっぱり、暴言だわ。失礼にも程があるわ、これ。
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