夢が醒めなくて
午後3時。
今日もあの男がやってきた。
善人面(ぜんにんづら)した、色魔公子(しきまこうし)が。

「あれ?もう帰ってたの?」
誰の目から見ても爽やかな好男子っぷりが、私は気に入らない。

「だってもうすぐ夏休みやもん。学校、お昼までやで。」
啓也(ひろや)くんが、ご親切にもそう説明する。

教える必要ないのに。

「さっき、照美ちゃんも帰ってきたわ。林間学校で日焼けして真っ黒。希和ちゃんと並んだらオセロみたいやで。」
美幸ちゃんはそう言って、彼、竹原義人氏に抱きついた。

美人は得だ、と思う。
何をしても、嫌がられない。
今も、ほら。
義人氏は、このクソ暑いのに美幸ちゃんにべったり張り付かれて天真爛漫な笑顔を向けられても、苦笑してされるがままでいる。

美幸ちゃんもなあ……たぶん義人氏は他の男と違って、あからさまなスキンシップは逆効果なのに。
どう見ても女好きな義人氏だけど、彼がただのエロ親父じゃなくて、むしろ礼儀を心得た紳士だということは理解した。

けど、老若男女問わず、誰に対しても八方美人ってのは、やっぱりちょっと問題だと思う。
義人氏のボランティアサークルの女子大生だけじゃなく、保育士の先生や、食堂のおばちゃん、コンビニの店員さんや、図書館司書まで、ぽーっとしてはる。

……ムカつく。


「オセロって、解散した漫才師?ゲーム?」
美幸ちゃんにそう尋ねたけど、肩をすくめられた。

……また、だ。
私はどうも、美幸ちゃんにとってどうでもいいことばかりが気になるらしい。

決して仲が悪いわけでもないし、美幸ちゃんは極度の寂しがり屋の甘えたさんなので、夜も狭い私のベッドに潜り込んでくるぐらいだから、まあ嫌われてはいないと思う。

でも、決定的に合わない。
興味も感心も好みも性格も、相容れない。

美幸ちゃんは、私を理解しようともしていない。
ただ、変わった子、かわいそうな子、ぐらいにしか思ってない。

私は、そう思われてることが不満なのに、何の反論もできない。
打ち消す言葉を口に出せない。
不平不満いっぱいなのに、表現できないのだ。

だから性格が歪んでいると言われても仕方ないと思う。
私自身もそう思うから。
たぶん自信がないのだと思う。

出生後すぐに捨てられた負い目が、私のアイデンティティーをいつまでも確立させない。

まるで根無し草のように、ふわふわと漂っている。
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