奪うなら心を全部受け止めて

・深層にある真相



・佳織33歳

無事、子供が生まれた。
識子さんの子。そして優朔の子となる。

チラッと聞いた。綺麗な顔らしい男の子。血液型はA型。そこは...優朔と同じなんだ。

何もなければ、これから高木の後継者として育つんだ...。この子はこの子でそういう運命の子になるってことだ。


遡ること
・佳織32歳

優朔の忙しさのピークが過ぎ、出産予定まで後9週の頃。
優朔は突然現れた。

私は寂しさを紛らわすように、ほぼ毎日このマンションに居た。
自分の部屋のように、生活の全てがこの部屋になっていた。
荷物は増やさない。...以前と変わらない、必要な物だけしか持ち込まない。
仕事をして、終わればまた帰って来る。眠れないからソファーに横になるのが習慣になった。
シャワーを浴びれば、一体どれだけ浴び続けていたのか...濡れ続けている始末で。
食欲もなく、減るのは珈琲の豆ばかりだった。

大人の振りをする。
ちっとも平気じゃないのに、強くもないのに、何でもない振りをしてる。
仕事中はまだマシだった。
一人じゃないから、普通を粧える。外面を整える。マンションに帰り、一人になった途端、情けないくらいダメになる。動けもしない。
はあぁ、今夜も眠れない。全く眠ってないわけではないけど。

この部屋には優朔の気配がある。だから居たい。だけど...、だから余計苦しくなる。
飲めないお酒を無理にあおる事も出来ない。そんな変に冷静な自分も嫌かも知れない。
きちんといようとする自分...。泣きわめけばいいものを。それも出来ない。嘘偽りの自分を作ろうとしてる。でも結局は押し潰される寸前。
...これが虚無感なんだ。


ソファーに倒れ込んだ。あまり眠れていないから体は疲れている。限界がきてるのか、もうとうに過ぎて麻痺してるのか。
明日は、...もう今日か...。今日は土曜…だ。
クマが出来ても大丈夫だ。化粧しなくてもいい。コンシーラーで誤魔化さなくてもいい。

部屋の隅。スタンドの明かりが仄かに灯る中、瞼を閉じた。
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