奪うなら心を全部受け止めて
「え…あの」
「…キスしていいか?」
え?
んん、ん…。返事は待ってくれなかった。直ぐ触れていた。
…一緒なの?…これは映画館でしたモノと同じなの?…千景さん。
好きって何?ここは学校じゃない。先輩を好きな人も居ない。カムフラージュが必要な場所じゃない…。何?どうして…こんなこと…。
「ん。ごめん…、やり過ぎた」
離れて行く顔を夕陽が照らしている。
佳織…そうだよな。そんな顔、させてしまうよな…。なにするんですかって。
聞いた方がいいの?これはなんですかって。やり過ぎたって…?
確かめて、はっきりさせた方がいいの?
それとも私の誤解?余計な勘繰りなの?
「千景さ…」
あ。抱きしめられた。
「ごめん」
あんな顔、見たままでなんて話せない。だから、見ないで済むように抱きしめた。
俺だって多分同じ顔をしている。
こんな顔をさせるつもりはなかった。だけど…困らせる事を言って、困らせる事をした。
解っている。
けど…言いたかった。一度くらい…本当の気持ちと言葉で、したかった。
「あー、いっつもダメだな、俺は」
「…え?」
「ムードとか雰囲気に飲まれて流されて…悪い、本当、ごめん。…ごめんな佳織。困っただろ?本当ごめん。海だからかな…太陽も沈んでさ、雰囲気いいし。
いいんだぞ?こんな時は怒って。果林ちゃんみたいに、頬っぺた引っ張ってもいいから。叩いたっていい」
…千景さん。流されたって言った。
「…解りました。次は思いっきりいきます…」
本気の告白だとは言えない。言えなかった。
でも、これがカムフラージュだともはっきり伝えなかった。
ニュアンスは受け取る側の気持ち次第、だ。
佳織が困るのはよく解っている。今も…よく解ってしまった。
困惑顔は無言で迷惑だと言っている。
俺に揺れたりしないって。
誰もが欲しいモノ全てを手に入れられる訳じゃない。
嘘の付き合いで関われるのは、佳織の心のほんの一部分だけ。先輩で一杯の心の中に作られたカムフラージュの為の心にだ。
そんなカムフラージュの心の好きという部分だけを俺は受け止める。
それが俺の佳織との関係性の全てなんだ。
「そろそろ帰ろうか。バス、来る頃だよな。乗り遅れたらヤバいからな」
「…うん」
腰を上げ砂を掃った。
無言だ。だけど自然に手を繋ぐ。
喧嘩して仲直りした恋人のようだ。
今は当たり前にするこの動作が、俺には苦し過ぎた。