奪うなら心を全部受け止めて
認める…受け入れる
今ならはっきり解る。
遠い昔の懐かしい想い。
大きな敷地の霊園。
霧雨が木々の葉をしっとりと濡らし、時折強い風が吹いたあの日。
飛ばされた傘を追った先に居た男の子。綺麗な顔の男の子だった。凄くドキドキした。
傘を持たせてくれたのに見とれてしまって、ちゃんと持てずにいたままだった。
そんな私の手を握って、濡れないようにしっかりと傘を持たせてくれた。
高校生になって初めて相談にのってくれた男子。心に垣根がなく、私の心にすっと入り込んでいた。
その男子は仲城千景だと言った。
ちかげ…私のおばあちゃんも、ちかげ。あの時は呟いただけでそれは言わなかった。
同じ名前だ…と思った。
おばあちゃんには結婚前、心密かに好きな人が居た。結婚した人は違う人。
心のどこかで好きな人を思いながらも結婚生活は穏やかなものだった。
初めて会った日が結婚式当日。相手の人、つまり私のおじいちゃんは、おばあちゃんをとても慈しんでくれた。優しく穏やかに愛してくれた。おばあちゃんの気持ちが解っていたから。
どんな気持ちでこの結婚を承諾してくれたか、解ってくれていたから。優しいおじいちゃんだった。綺麗で物静かなおばあちゃんの事を一目で好きになった。
互いに好きあって結婚できるのは良い事だと思う。結婚に障害がある事を好む人はいない。
苦しい思いに人は余計、慈しみ愛そうとする。
情熱的でなくても、穏やかに続く不変な愛だと思う。
結婚生活において穏やかな愛はとても幸せな事だと思った。愛されている幸せ。愛せる幸せ…。
この話をお母さんからちゃんと聞いたのは、高校を卒業してからだった。
おばあちゃんの好きだった人も、今はもう亡くなっている事も。
クルクルと飛ばされる傘を見て拾ってくれたおじいさん。
あの人がおばあちゃんの好きだった人だったんだ。
そして千景のおじいさん。