奪うなら心を全部受け止めて

・思慮深く、…能


疎らだった人影も今は一人として居ない。
陽が傾いて来たから、少し肌寒くなってきた。

抱きしめてはいるが…寝ていると、このままでは風邪をひくかも知れない。
泣き疲れたのか、腕の中で静かに寝息を立てていた。
精神的に追い込まれ、心が疲れきって終うと、こんなに力無く…気を失ったように眠るもんなんだな…。なんの人生経験もない女の子に。
二十歳といっても年齢だけのもの。そんな女の子に愛人という言葉を投げつけ、もしくは別れるかなんて、……酷な話だ。
これ程の辛い経験なんて、まだないはずだ。
この年齢なら、人を好きになる事、恋愛が楽しくて、毎日心弾ませている…そんな恋をする年齢だよな。好きな相手が全てだと思うかもしれない。
なのに…。優朔とは結婚は出来ない。更に…望むなら愛人、なんて話だ。

今日の呼び出しも、優朔には確認というか、連絡しなかったようだし。
遠慮か?…何かあると思ったから言えなかったのか。自分でなんとかなると思ったのか。
それとも、これ程の話をされるとは思わなかったか。きっと後者だな。想像もつかないことだからな。
いずれにせよ、優朔の耳にも直ぐに入る事だ。

…さて、このまま運ぶのは容易い事だが、…ドアを開けるタイミングで起こして終うかも知れない。
出来ればこのまま寝かせてやりたいが…。

優朔に連絡…。したら話をしないといけなくなるか…。……。ふぅ。

取り敢えず、ゆっくり運んで、シートに寝かせてみるか…。

よし。
佳織ちゃん、このまま眠っててくれよ…。


ピピッ。
開錠する音がやたらと大きく響く気がした。
ドアに手を掛け開けると、シートにゆっくり下ろした。
レバーに手を掛けソーッと倒した。
ふぅー。
どうやら起こさず、上手くいきそうだ。

俺は上着を脱ぎ、体を包み込むように掛けた。
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